MacksInn IDから、Dubois WYまで。イエローストーン国立公園を!
- 2013/07/31
- 00:26
MacksInnから、OldFaithfulまでは、約39マイルの道のり。CDTは必ずイエローストーン国立公園内を通過します。多くのハイカーは、このMacksInnルートを選択します。私は、3日かけてゆっくり歩くつもりで、ゆっくり目に7月23日に出発したのですが、おもいの他進みすぎ、国立公園手前でテントを張りました。なんと23マイル程歩いていました。道は最悪で、道路をショベルカーで穴を堀り、進めなくしている道がいくつもある場所がルートで、何回かロストしました。


その後、下り坂でもあり、お昼にはOldFaithfulにたどり着く事ができました。国立公園内でオーバーナイトハイキングをする場合、許可書が必要になります。南へ向かうハイカーは、ここOldFaithfulにあるレンジャーステイションで、指定されるキャンプサイトを申請して、通過する事になります。ようは、園外ギリギリでキャンプして行けば、間に合います。人気のあるこのエリアは、キャンプサイトが埋まっていました。私は、oldFaithfulから、七マイル進んだキャンプサイトと、更に21マイル 進んだキャンプサイトを指定されました。時間がなくOldFaithfulでは、軽く町の物を食べ、レンジャーステイションに行き、郵便局で荷物を受け取り出発しました。ホテルに泊まり、観光も考えましたが、120ドルで、しかも夕方5時以降泊まれるかどうか決まる状況で、もし泊まれない場合、キャンプサイトまで間に合いません。しかも、かなり混雑していました。普通4月には全て予約でいっぱいになるそうです。3宿泊施設合わせて2000室はあるだろう宿泊施設が、常に満室。驚きます。しかし、このおかげで、昨年PCTで一緒になる事が多かった、ポートレイトカップルに出会えました。このエリア、南から北へ歩くハイカー達に、毎日出会いました。




どうやら、南を目指すハイカーで最初に出会うのが私らしく、ハグして喜びあったり、お互いの情報を交換したりします。4日間ほど毎日出会いました。毎日嬉しくて。。
トレイルの楽しみの中に、同じ道を歩く仲間との出会いがあります。かなり北を目指すハイカーが多く、羨ましかった。そして、Facebookだけで繋がっていたハイカー達にもようやく出会えました。
Masaだろ?Facebook見てるよ!なんて。
インターネットの凄さを感じます。
ぼぼ多くのハイカーが、パートナーや、三組位で歩いていました。私は独り。羨ましかった。果たして、私が歩く道。いったいどうなんだろう?そう思えました。そして、園外へ出た二日目、ハイライフに出会いました!彼とは、PCTで23マイル一緒にロストした仲です!出会えた瞬間ハグしあってました。自然に。彼も独りでした。
そして、この日の午後から雨が降りだしました。翌日も雨と雹。私は当初、Brooks Lake Lodgeに一週間分の食料を送付しており、受け取りまた、一週間あるこうと考えていました。このLodgeには、ハイカーむけのサービスが全くなく、町が遠いハードなヒッチハイクポイントだからです。翌日、午後から、やはり天候が荒れて、長時間の雹と冷たい雨に半日。とりあえず、Lodgeで荷物を受け取り、林の中でキャンプを考え、次の日、ハードヒッチハイクを覚悟で町に降りようと。

Lodgeに着いたのが、午後6時半。体は冷えきり、震えが止まりませんでした。Lodgeのスタッフに声を掛けて荷物を受け取ると、厨房の人が、招き入れてくれました。暖を取らせてくれ、なんと暖かい高級Lodgeの食事、大量の食べ物のプレゼントがありました!チーフの女性は、アリゾナ出身のネイティブアメリカンで、アパッチ族ジェロニモの系列の子孫だそうです。お祈りをしてもらい体が乾くまでゆっくりさせてもらいました。しかし、大量の食料にバックパックはパンパン。しかも、暖かいココアを入れてくれた、Lodgeのカップをプレゼントしてもらいました。私たちを思い出せるようにと。Lodgeを後にするとき、ダブルレインボーが現れ、晴れていました。近くのキャンプサイトの乾いたグラウンドにテントを張り、全て着込んで寝袋に潜りこむ。寒い。凄まじいバックパックの重さ。入りきれない荷物。しかし、彼女達の優しさからの幸せの重さです。辛いなんて言えない。こんな幸せな思いをするとは思ってもみませんでした。肩がちぎれそうな、重さを抱えながら、翌日Passまで歩き、何度もヒッチハイクポイントを変え、何とか二時間でヒッチハイクに成功しました。クリスティーナとクリスティンの二人でした。色々と町の情報を教えてくれ、宿泊施設まで送ってくれました。



ようやくDuboisの町にたどり着きましたが、雨、そして夕方から雹。夜も雨。ここ、3日間で雨・雹が2日間。気温も一番低い時で三度程でした。やはり、風邪気味で終始震えながらの滞在。体調が戻るまで、ゼロデイを2日位取ろうと考えています。



その後、下り坂でもあり、お昼にはOldFaithfulにたどり着く事ができました。国立公園内でオーバーナイトハイキングをする場合、許可書が必要になります。南へ向かうハイカーは、ここOldFaithfulにあるレンジャーステイションで、指定されるキャンプサイトを申請して、通過する事になります。ようは、園外ギリギリでキャンプして行けば、間に合います。人気のあるこのエリアは、キャンプサイトが埋まっていました。私は、oldFaithfulから、七マイル進んだキャンプサイトと、更に21マイル 進んだキャンプサイトを指定されました。時間がなくOldFaithfulでは、軽く町の物を食べ、レンジャーステイションに行き、郵便局で荷物を受け取り出発しました。ホテルに泊まり、観光も考えましたが、120ドルで、しかも夕方5時以降泊まれるかどうか決まる状況で、もし泊まれない場合、キャンプサイトまで間に合いません。しかも、かなり混雑していました。普通4月には全て予約でいっぱいになるそうです。3宿泊施設合わせて2000室はあるだろう宿泊施設が、常に満室。驚きます。しかし、このおかげで、昨年PCTで一緒になる事が多かった、ポートレイトカップルに出会えました。このエリア、南から北へ歩くハイカー達に、毎日出会いました。




どうやら、南を目指すハイカーで最初に出会うのが私らしく、ハグして喜びあったり、お互いの情報を交換したりします。4日間ほど毎日出会いました。毎日嬉しくて。。
トレイルの楽しみの中に、同じ道を歩く仲間との出会いがあります。かなり北を目指すハイカーが多く、羨ましかった。そして、Facebookだけで繋がっていたハイカー達にもようやく出会えました。
Masaだろ?Facebook見てるよ!なんて。
インターネットの凄さを感じます。
ぼぼ多くのハイカーが、パートナーや、三組位で歩いていました。私は独り。羨ましかった。果たして、私が歩く道。いったいどうなんだろう?そう思えました。そして、園外へ出た二日目、ハイライフに出会いました!彼とは、PCTで23マイル一緒にロストした仲です!出会えた瞬間ハグしあってました。自然に。彼も独りでした。
そして、この日の午後から雨が降りだしました。翌日も雨と雹。私は当初、Brooks Lake Lodgeに一週間分の食料を送付しており、受け取りまた、一週間あるこうと考えていました。このLodgeには、ハイカーむけのサービスが全くなく、町が遠いハードなヒッチハイクポイントだからです。翌日、午後から、やはり天候が荒れて、長時間の雹と冷たい雨に半日。とりあえず、Lodgeで荷物を受け取り、林の中でキャンプを考え、次の日、ハードヒッチハイクを覚悟で町に降りようと。

Lodgeに着いたのが、午後6時半。体は冷えきり、震えが止まりませんでした。Lodgeのスタッフに声を掛けて荷物を受け取ると、厨房の人が、招き入れてくれました。暖を取らせてくれ、なんと暖かい高級Lodgeの食事、大量の食べ物のプレゼントがありました!チーフの女性は、アリゾナ出身のネイティブアメリカンで、アパッチ族ジェロニモの系列の子孫だそうです。お祈りをしてもらい体が乾くまでゆっくりさせてもらいました。しかし、大量の食料にバックパックはパンパン。しかも、暖かいココアを入れてくれた、Lodgeのカップをプレゼントしてもらいました。私たちを思い出せるようにと。Lodgeを後にするとき、ダブルレインボーが現れ、晴れていました。近くのキャンプサイトの乾いたグラウンドにテントを張り、全て着込んで寝袋に潜りこむ。寒い。凄まじいバックパックの重さ。入りきれない荷物。しかし、彼女達の優しさからの幸せの重さです。辛いなんて言えない。こんな幸せな思いをするとは思ってもみませんでした。肩がちぎれそうな、重さを抱えながら、翌日Passまで歩き、何度もヒッチハイクポイントを変え、何とか二時間でヒッチハイクに成功しました。クリスティーナとクリスティンの二人でした。色々と町の情報を教えてくれ、宿泊施設まで送ってくれました。



ようやくDuboisの町にたどり着きましたが、雨、そして夕方から雹。夜も雨。ここ、3日間で雨・雹が2日間。気温も一番低い時で三度程でした。やはり、風邪気味で終始震えながらの滞在。体調が戻るまで、ゼロデイを2日位取ろうと考えています。

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